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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)8343号 判決

原告

小林織物株式会社

右代表者代表取締役

小林一雅

右訴訟代理人弁護士

本島信

田岡浩之

被告

澤村株式会社

右代表者代表取締役

赤松稔

右訴訟代理人弁護士

福原道雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三四五七万五二四三円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、和装、寝装、インテリア、工業用資材用の繊維織物の生地の売買を業とする株式会社である。

被告は、繊維製品の生地の売買を業とする株式会社である。

2  原告は、被告に対し、

(一) 平成四年一〇月二八日ころ、別紙販売商品目録(三)記載の繊維織物生地(以下、別紙販売商品目録(一)ないし(六)記載の各商品を順に「本件商品(一)」、「本件商品(二)」などのようにいい、総称して「本件商品」という。)を、代金・同目録(三)の「総合計」欄に記載の金額、代金支払期日・同目録(三)の「支払日」欄記載の年月日との約定で、

(二) 同年一一月五日ころ、本件商品(四)を、代金・同目録(四)の「総合計」欄に記載の金額、代金支払期日・同目録(四)の「支払日」欄記載の年月日との約定で、

(三) 同年一一月二七日ころ、本件商品(五)を代金・同目録(五)の「総合計」欄に記載の金額、代金支払期日・同目録(五)の「支払日」欄記載の年月日との約定で、

(四) 同月二八日ころ、本件商品(六)を代金・同目録(六)の「総合計」欄に記載の金額、代金支払期日・同目録(六)の「支払日」欄記載の年月日との約定で、それぞれ売り渡す旨の売買契約を締結した(原、被告間で同年九月三日ころから同年一一月二八日までの間に締結された、本件商品の売買契約を総称して以下「本件売買契約」という。)。

3  よって、原告は、被告に対し、本件商品(三)ないし本件商品(六)についての各売買契約に基づき、代金合計金三四五七万五二四三円及びこれに対する右代金支払期日のうち最も遅い期日(本件商品(五)のもの)の翌日である平成五年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件商品(三)及び(四)について売買契約を締結した事実は認めるが、本件商品(五)及び(六)について売買契約を締結した事実は否認する。

契約の成立時期は、被告が原告に対して、商品についての受取書を送付したときであるところ、被告は本件商品(五)及び(六)については、受取書を送付していない。

三  抗弁

1  錯誤無効

被告は、本件売買契約締結当時、原告との取引を目的商品の現実の授受を伴う現物取引であると信じていた。ところが、後日、本件売買契約は、クラレトレーディング株式会社(以下「クラトレ」という。)が原告に、原告が被告に、被告が山栄商事株式会社(以下「山栄商事」という。)に、山栄商事がクラトレに目的商品を順次売り渡すという環状取引の一部であって、目的商品の移動がないばかりか、目的商品が存在しない架空取引であることが分かった。被告は、このような環状空取引の一部であることが分かっていれば、本件売買契約を締結しなかった。

したがって、被告の本件売買契約における意思表示は、その重要な部分に錯誤があるので、無効である。

2  契約解除(履行遅滞)

(一) 被告は、平成六年四月五日、原告に対し、本件商品を大阪府箕面市所在の被告方倉庫において引き渡すよう催告した。

(二) 被告は、(一)の催告と同時に、到達から七日が経過した時に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) (二)の意思表示は、平成六年四月六日、原告に到達し、同月一三日は経過した。

3  先履行(代金支払義務の履行期未到来)

本件売買契約締結の際、原告と被告は、原告が、本件商品を被告の指定する場所(山栄商事)に現実に納入した後に、代金を支払う旨合意した。

原告は、いまだ、本件商品の納入を行っていないのであるから、被告の代金支払義務は発生していない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

被告は、以下に述べるとおり、本件売買契約が、環状取引の一部であることを知っていた。

(一) 本件商品は、当初、原告がクラトレから買い受けて帝人商事株式会社(以下「帝人商事」という。)に売却する予定であったところ、帝人商事は、本件商品をさらにクラトレに売却する予定であった。したがって、帝人商事は、本件商品に関する取引が環状取引であることを承知していた。

(二) ところが、その後、帝人商事の社内事情を理由に、帝人商事から原告に対し、本件商品の売り先を被告に変更してほしいという申出がされ、その結果、原告と被告との間で本件売買契約が締結されることとなった。ところで、帝人商事における担当者の金井良平(以下「良平」という。)と被告における担当者の金井勇(当時足利支店長。以下「勇」という。)とは実の兄弟であるから、被告は、取引の内容について十分な説明を受け、内容を承知の上、取引に加わったことは確実である。

また、本件売買契約では、当初から、商品の現実の引渡が予定されていなかったのであるから、本件商品が、結果的に存在していなかったとしても、錯誤にはならない。

2  抗弁2の事実は認める。

3  抗弁3の事実のうち、原告が本件商品を現実に納入していないことは認めるが、その余は否認する。本件売買契約において、本件商品の現実の引渡は予定されていなかった。

五  再抗弁(契約解除及び先履行の抗弁に対し)

1  引渡義務の履行又は消滅

(一) 本件売買契約締結の際、原告と被告は、本件商品の引渡について、原告が被告に対し本件商品の出荷案内書及び代金請求書を送付し、これを受けた被告は、原告に対し受取書を送付するか、原告が被告に対し電話で右出荷案内書及び代金請求書の到達を確認することによってなす旨合意した。そこで原告は、別紙販売商品目録(三)ないし(六)記載の各引渡日のころ、被告に対し本件商品に対応する出荷案内書及び代金請求書を送付し、これに対し、被告は、右各引渡日ころ、本件商品(三)及び(四)につき、原告に対し受取書を送付した。また、本件商品(五)及び(六)については、原告から被告に対し、出荷案内書及び代金請求書の送付から二、三日後、電話で出荷案内書及び代金請求書の到達を確認した。

(二) 本件売買契約は環状取引の一部であるところ、山栄商事は、被告が原告から本件商品(三)ないし(六)について出荷案内書を受け取ったころ、右商品をクラトレに売り渡す旨の契約を締結しており、この売買契約の締結によって、本件商品(三)ないし(六)の当初の売主と最終的な買主が一致したから、遅くとも右売買契約が成立して円環が形成された時点で、原告の本件商品の引渡義務は混同により消滅した。

2  信義則

本件売買契約は、被告が主張するような環状取引の一部であるところ、被告は、その後の売り先である山栄商事への売買手続を済ませていること、被告は従来から、山栄商事に対して本件商品の受領書の交付すら求めていないことに表われているように本件商品の現実の受渡しに全く関心を持っていないこと、原告はクラトレに対し本件商品の代金を支払済みであることなどからすれば、被告は、原告に対し、信義則上、本件商品の引渡がないことをもって、売買契約を解除したり、先履行の抗弁を主張して売買代金の支払を拒むことはできない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、被告が原告に対し、本件商品(三)及び(四)について、受取書を送付した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2は争う。被告は、帝人商事の良平から、本件売買契約について、原告の製造した布団側生地を被告が購入した上、これを山栄商事に転売する取引であり、現物は原告から直接山栄商事に発送すると聞いていた。したがって、被告は、あくまでも、本件売買契約が現物の授受を伴うものであると信じていたものであり、このような場合に、引渡義務の履行を求めることは、何ら信義則に反するものではない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実、及び同2のうち、原告と被告との間に、本件商品(三)及び(四)についての売買契約が成立した事実については、当事者間に争いがない。

これに対し、被告は、本件商品(五)及び(六)については、受取書を交付(発送)していないから、いまだ売買契約は成立していないと主張する。しかしながら、本件商品に係る取引は後記認定の経緯で開始されたものであるところ、被告が受取書を交付(発送)することによって契約が成立すると解すべき事情をうかがうことはできず、むしろ本件商品(五)及び(六)についても、本件商品(一)ないし(四)と同様の約定で売買することがあらかじめ定まっていたということができる。さらに、証人金井勇の証言によれば、被告は、原告から本件商品(五)及び(六)についての代金請求書及び出荷案内書が送られてきたのを受けて、山栄商事に対し、本件商品(五)及び(六)についての納品案内書、納品書及び代金請求書を送付していることが認められる。このことは、被告が、原告から本件商品(五)及び(六)を買い受けたことを前提として、それを山栄商事に転売したものということができるから、本件商品(五)及び(六)について、原告と被告との間に、売買契約が成立したものと認めることができる。

二  被告が本件商品の引渡を催告し、本件売買契約解除の意思表示をした事実(抗弁2の事実)は当事者間に争いがない。そこで、再抗弁1、2など右意思表示の効力について検討する。

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし七、第一六号証、成立に争いのない甲第三ないし第六号証の各一の一、同号証の各二、第一四号証の一、二、第一七号証、原告代表者尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第三ないし第六号証の各一の二、三、第九号証の一ないし三、第一九号証、成立に争いのない乙第六号証の一及び二、乙第七号証の二、証人金井勇の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の一、第九号証、原告代表者尋問の結果(第一回、第二回)、証人金井勇、同金井良平(第一回、第二回)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五九年ころから、クラトレとの間で、繊維織物生地の売買を継続して行ってきたが、昭和六一、二年ころからは、クラトレの東京衣料第二部第二課の課長代理(平成元年からは課長)であった秋山明美(以下「秋山」という。)から持ちかけられて、クラトレから購入した商品を、現実の引渡をしないで、クラトレに再び売却したり、あるいはクラトレの指定する第三者に転売する形の取引を行うようになった。秋山は、原告代表者に対し、そのような取引を行う理由として、クラトレの在庫調整や売上高の確保、買戻までの資金調達あるいは取引先の与信枠の問題のためであると説明していた。右各取引においては、原告は、クラトレから商品を購入して直ちにその代金を支払い、二、三か月後に、あらかじめ指示されていた帝人商事や有限会社チャーミーなどの売却先あるいはクラトレ自身に商品を売却して、代金の約一割の利益を得ていた。

(二)  他方、秋山は、昭和六二年ころ、帝人商事の良平(秋山と良平は昭和五五年ころ同じ帝人商事東京支店に勤めていて、知り合っていた。)に対し、クラトレが原告から商品を購入するに際し、資金調達と在庫増の問題を抱えているので、帝人商事に間に入ってほしいと持ちかけた。これによると、まず原告から帝人商事が商品を購入し、二か月後に帝人商事からクラトレがその商品を購入するが、商品はクラトレの関連会社のホッシーに納入される、帝人商事がクラトレに商品を売却する際には、原告からの購入代金に4.5ないし五パーセントのマージンを上乗せする、ということになっており、結局、帝人商事は二か月間の資金負担によって4.5ないし五パーセントの利益を得ることになっていた(なお、帝人商事は、その他にも、帝人商事、山栄商事、クラトレという流れの取引を行っていた。)。

(三)  このようにして、秋山は、昭和六二年ころには、クラトレから原告、原告から帝人商事、帝人商事からクラトレ、というように順次商品を売却する形をとるいわゆる環状取引を完成させた。このような取引は、もともと、クラトレの在庫調整や売上目標達成のために計画されたものであるが、秋山は、他にも、環状取引を多数計画し、実行しているうちに、昭和六二、三年ころからは、全く商品の裏付のない、書類のみの架空取引をも行わざるを得ない状態に陥っていた。しかし、秋山は、そのことを告げることなく、他方、原告も帝人商事も、実際の商品の存在や移動について確認することなく、右三者間の取引は、五年以上もの間、問題なく継続されていた。

(四)  平成四年七月ころ、秋山と良平との間で、双方の親会社が競合関係にあるクラトレと帝人商事との間の取引が増えるのは好ましくないという理由で、帝人商事の扱っている取引の一部(一〇パーセントから二〇パーセント)を第三者に移す話が持ち上がった。

かねてから帝人商事退職後は被告に嘱託として就職したいと考えていた良平は、この機会に被告に有利な取引の話を持ち込めば右就職に有利に働くと考え、その第三者として被告を推薦した。ただ、クラトレと被告との間には、それまで取引関係がなかったので、秋山の申出により、被告の後に、さらに、以前から取引関係のあった山栄商事を入れることになった。

(五)  そこで、良平は、被告足利支店長をしていた実弟の勇に対し、以下のように話を持ちかけた。

原告が製造している布団側生地を購入して、寝装関係の問屋である山栄商事に転売すれば、4.5パーセントから五パーセントのマージンが入る。商品は原告から直接山栄商事に納入される。原告及び山栄商事とは良平が連絡を付けてある。被告としては、原告から、出荷案内書と受取書、代金請求書が送られてきたら、受取書を原告に返送し、代金支払のために被告の支払方法によって約束手形を振り出し交付し、山栄商事に対して、納品書、納品案内書、代金請求書を発送すればよく、実際の商品の授受の確認や手形の受取りは、こちらで行う。山栄商事は、同社の支払方法によって代金を支払う。本来、これは帝人商事が行う取引であったものを、被告に譲るものであるので、良平が、定年になった際には、是非、被告の嘱託として就職できるよう努力してもらいたい。

勇は、この話を了承した。それまで、被告は、原告と取引を行ったことはなかったが、勇は、良平に全面的に任せておけばいいと考えて、取引開始にあたり、原告に挨拶をすることはしなかった。

(六)  他方、良平は、山栄商事に対し、被告から代金請求書、案内書、納品書が送られてくるから、商品をクラトレに転売してくれ、と要請した。このように、良平は、本件商品が、さらに、山栄商事からクラトレに転売されることを知っていたが、特に必要がないと考えて、そのことを、勇に告げることはしなかった。

(七)  原告は、平成四年八月末ないし九月ころ、秋山及び良平から、本件商品の転売先を、帝人商事から被告に変更するよう指示された。原告は、それまで、被告と取引を行ったことはなかったが、従前からクラトレの送付してくる指示書どおりに転売を行っていたことや、良平から、被告の決算報告書を見せられたりしたことから、別段異議を述べることなく、被告との取引を開始した。

(八)  このようにして、本件についての、クラトレ、原告、被告、山栄商事の取引が開始されたが、それは、具体的には、以下のように行われた。

まず、クラトレは、平成四年七月から九月にかけて、各取引ごとに、本件商品の預り書、代金請求書、指示書を原告に送付し、原告は、これまでの帝人商事やその他の転売先への売買の場合と同様、クラトレから、これらの書類を受け取ると、クラトレに対し各月末締めで代金を現金で支払った(したがって原告は、本件商品の代金を全て支払済みである。)。

原告は、クラトレから指示された約二、三か月後の時期である別紙販売商品目録(一)ないし(六)の「契約日」欄記載の日ころ、右各商品に係る代金請求書(約一割の利益を上乗せした額でのもの)、出荷案内書、受取書(出荷案内書と複写式になった用紙の「出荷案内書」との標題を手書きで「受取書」と訂正したもの)を送付した。被告は、同目録の「引き渡し日」欄記載のころこれらを受け取り、そのころ、山栄商事に右各商品に係る代金請求書(4.5パーセントから五パーセントの利益を上乗せした額でのもの)、納品書、納品案内書を送付した。ただし、被告は、本件商品(一)ないし(四)の受取書は、押印の上原告に返送したが、本件の紛争が生じたことから本件商品(五)及び(六)の受取書は原告に返送していないし、山栄商事からはいずれの商品についても受領書を徴収していなかった。また、代金の支払については、被告が毎月一〇日締めで同月末日に原告に対し、三か月後を支払期日とする約束手形を振り出し、同じころに、山栄商事からは、良平を通じて、支払期日が一二〇日後の手形を受け取るということになっていたところ、被告は、本件商品(一)及び(二)の代金支払のための約束手形は、原告に振出交付したものの、本件商品(三)ないし(六)の代金支払のための約束手形は振り出していないが、山栄商事からは、本件商品(一)ないし(四)の代金支払のための約束手形を受け取っている。

(九)  秋山は、平成四年一二月初旬ころまでに、行方不明となり、クラトレ内部で秋山の行っていた取引が問題とされ、そのころ、良平は、クラトレの永井部長から、秋山が行方不明になっていること、本件取引に関する商品が実在しなかったことを聞いた。同月一〇日、良平は、被告足利支店に勇を訪ねたが、そのとき初めて、本件商品が山栄商事からクラトレに転売されており、商品の現実の引渡がなかったとの事実を勇に告白した。勇と良平は、即日、連れだって福井県の原告本社を訪れ、原告代表者に面会を求め、勇は、被告としては本件取引が商品の実在しない取引であるとは知らなかった旨を主張し、良平は、本来、本件取引は帝人商事との間で行われていたものであり、本件取引に係る契約上の地位を帝人商事に移転することを承諾してほしいと原告代表者に述べたが、原告代表者はこれを拒否した。

(一〇)  そこで、被告は、平成四年一二月二八日付で、原告に対し、本件商品(三)ないし(六)についての代金請求書を返送した。その後、被告は、本件商品(一)及び(二)の代金支払のために原告に対して振出交付済みの約束手形について、異議申立提供金を預託して決済しなかった。他方、山栄商事も、取引が無効である旨を主張して被告に対して交付していた本件商品(一)ないし(四)についての約束手形を決済しなかったが、その後、山栄商事と被告との間では、本件商品(一)及び(二)についての手形金は支払い、本件商品(三)及び(四)についての約束手形は山栄商事に返還する、という処理をすることで合意ができた。これを受けて、平成五年三月一〇日、被告は、原告に対して、本件商品(一)及び(二)についての手形金を支払い、本件商品(三)及び(四)についての約束手形を山栄商事に返還した。

以上の事実が認められる。

2(一) 特定の目的物が順次売買され、最終的には最初の売主が当該目的物を買い受けるといういわゆる環状取引において、実際には、売買の目的物は現実に引き渡されることはなく、商品の納品書、預り書、受領書等の書類の交付によって引渡がされたものとされるのが通常であるとしても、売買という法形式をとる以上、売主は買主に対して当該目的物を引き渡すべき義務を負うことはいうまでもない。

もっとも、売買の当事者が、このような環状取引であることを知っており、その上で、売買契約を締結したときなど、単に書類の交付等をもって目的物の引渡とみなす旨の合意があると認められる場合には、当該目的物を現実に引き渡さなくても、右引渡義務を履行したことになるということができる。また、右のような環状取引であることを知らなかったとしても、実際には目的物の現実の引渡を確認していないのに、引渡を受けたものとして、目的物の受領書等を売主に交付し、そのため、売主において以後買主が目的物の引渡を受けていないことを主張しないものと信頼し、それを前提として、その前売主に対して代金を支払うなどの新たな行為を行った場合、又は、最初の売主を買主とする売買契約まで各段階の売買契約がすべて締結され、それによって、個別の契約に基づく引渡義務が当然に消滅するものではないにせよ、全当事者の間で目的物が順次引き渡されたのと同一の結果が実現した場合などには、信義則上目的物の引渡がないことを主張し得ないと解することができる。

(二)  本件においては、被告が、本件商品の取引が現物の授受のない環状取引であることを知らなかったことは前記認定のとおりである。また、本件商品の出荷案内書等の書類の交付をもって、本件商品の引渡とする旨の合意があったという事実(再抗弁1(一))を認めるに足りる証拠はない。

(三)  また、本件商品(三)ないし(六)について、山栄商事とクラトレ間に売買契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、右売買契約の締結により、原告の被告に対する本件商品の引渡義務が消滅した旨の主張(再抗弁1(二))は、その前提を欠くし、クラトレと原告、原告と被告、被告と山栄商事、山栄商事とクラトレの各当事者の間で目的物が順次引き渡されたのと同一の結果が実現したとして、被告が信義則上本件商品の引渡がないことを主張し得ないとすることもできない。

(四)  もっとも、前記認定のとおり、被告は、本件商品(三)及び(四)については、その受取書を原告に交付している。そして、従前の、原告がクラトレから商品を購入し、これを帝人商事に売り渡すという取引においては、受取書の授受後、商品の引渡をめぐる問題は生じていないというのであり、被告は、帝人商事の求めにより、帝人商事が購入すべき商品の一部を購入することになったというのであるから、原告としては、被告から受取書を受領したことによって、商品の引渡が完了し、以後被告から引渡を求められる等のトラブルを招ずることはないという信頼を懐いたということも否定し得ない。

そして、もともと被告は、その認識においても、原告と山栄商事間で本件商品の取引の話はできており、被告は、その取引の中間に原告からの買主、山栄商事への売主として介入するだけであったということができる。前記認定のとおり、原告から被告に対して送付された出荷案内書には、出荷先の記載がされていなかったにもかかわらず、被告は別段その点について確認をしていない。また、商品の納入は自分が確認するという良平の言葉を信じただけで、自らは本件商品が山栄商事に引き渡されたことを直接に確認する手段を講じてもいないし、山栄商事からの受領書も徴収していないばかりか、本件商品(一)ないし(四)については、山栄商事への引渡の有無を良平に確認するまでもなく、その受取書を原告に送付している。これらの事実は、商品の現実の授受についての被告の関心の低さを示すものということができる。

このように、被告が本件商品の現実の授受に関心が低いために、本件商品の現実の授受を確認しないまま、本件商品(一)ないし(四)について受取書を交付したという被告側の事情によって、原告に、以後被告から引渡を求められることがないという信頼が生じたのであるから、被告がこれら商品の引渡がないことを主張することは信義則に反するのではないかということが問題になる。

(五) しかし、前記認定のとおり、被告は、本件について、原告が製造した目的商品(布団側生地)を山栄商事に直接納入する取引であると考えていたのであるから、いくら出荷案内書や受取書の授受があっても、現実に引渡がないということが明らかになれば、当然に現実の引渡を請求できるものと考えていたものと推認することができ、被告にとっての出荷案内書及び受取書の意味は、あくまでも商品の現実の授受があることを前提としての証明書といった程度のものにすぎなかったものと見ることもできなくはない(被告が、原告からの書類の送付を受けると直ちに受取書を返送していたのも、受取書にそれほどの意味を認めていなかったからであると認められる。)。また、本件商品の現実の引渡に対する関心が薄いとしても、山栄商事からの引渡に関する抗弁を防ぎ、代金の支払を確保し、それができず、例えば、買主たる山栄商事との間の売買契約が解除されたりしたときには、被告自らが原告に対し、本件商品の現実の引渡を請求することも考慮するなど、損失を最小限にするのに必要な限度では、本件商品の存在及びその引渡に利害と関心を有していたことは否定し得ない。

ところが、前記認定のとおり、山栄商事は、被告に対して本件商品の売買契約の効力がない旨主張して代金の支払を拒絶しているのであるが、弁論の全趣旨によると、それは本件商品の引渡がないことを理由とするものと認められるところ、そのため、被告は、結局は、本件商品(三)及び(四)の代金の支払のために交付を受けていた約束手形を山栄商事に返還する結果となり、結果的には、本件商品(三)及び(四)の現実の引渡につきいまだ利害と関心を有していた場合に当たる。

一方、原告は、被告に本件商品の納品書を送付する前にクラトレに対する代金の支払は終えているし、本件商品(五)及び(六)もクラトレからの指示に従って被告に送付したのであって、被告が本件商品(三)及び(四)の受取書を原告に交付したことを信頼したために、その売買契約を締結したということもできず、その他、被告が本件商品(三)及び(四)の引渡を求めないと信頼して原告が何らかの行為をしたことをうかがわせる事情はない。

そうすると、被告にとって受取書の交付はさほどの意味を持たないと考えられる上、本件商品(三)及び(四)の引渡について依然として利害と関心を有している場合であり、原告は、本件商品(三)及び(四)の受取書の交付を受けているものの、それによって引渡が完了したと信じて代金支払などの何らかの新たな行為をしたという関係にもないのであるから、被告が、本件商品(三)及び(四)の受取書を交付したことから、その引渡がないことを信義則上主張し得ないとするには十分でない。なお、本件(五)及び(六)については、被告は受取書すら原告に交付していないというのであるから、被告がその引渡がないことを主張することが信義則に反するということはできない(原告は、本件商品(五)及び(六)についても、出荷案内書及び代金請求書の送付から二、三日後に電話でその到達を確認し、勇から受取書を返送する旨の確約を得ていたと主張し、原告代表者尋問の結果(第一回)及び甲第一九号証中には、これに沿う部分がある。しかし、証人金井勇の証言及び乙第八号証中のこれを否定する部分に照らして前記部分をただちに採用することはできないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。)。

3  なお、前記のとおり、被告が大阪府箕面市所在の被告の倉庫において本件商品を引き渡すべきことを催告した上で、本件売買契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして、本件売買契約においては、本件商品の引渡場所について原被告間で合意がされていたとは認められないところ、本件商品が特定物である場合にはその引渡場所は、契約時において本件商品の存在した場所になる(商法五一六条)し、被告が本件商品(三)ないし(六)に係る代金を提供したことの主張立証もないが、本件訴訟の経過に照らし、原告が本件商品(三)ないし(六)の引渡を拒絶する態度は明らかであったと認めることができるから、これらによって本件商品(三)ないし(六)に係る売買契約の解除の効力は妨げられない。

三  結論

以上によれば、その余の抗弁について判断するまでもなく、本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水上敏 裁判官川谷道郎 裁判官橋本恭子)

別紙〈省略〉

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